Webレポート│深掘り！鴨川生活 ─ Vol.3
海からの贈り物、シーグラスに魅せられて。
海には不思議な力がある。
ただのガラス片を「海の宝石」と呼ばれるシーグラスに変身させる。
砂浜に漂着した小さなひとかけらに新たな命を吹き込むシーグラスアート作家の松林さんを訪ね
創作意欲あふれる鴨川生活に触れてみた。
鴨川の海岸線は、広く長い。東条海岸から前原横渚海岸にかけて、約5㎞の砂浜が続いている。視界いっぱいに広がる太平洋の大海原。寄せては返す波の音。その雄大かつ豪快な光景に言葉はいらない。世界で最も広大な海洋 “太平洋”のパワーが迫ってくる。
朝の東条海岸を散歩していると、貝殻や海藻、木の実や流木等が打ち上げられ、その中に色とりどりのガラス片を見つけることがある。青、水色、緑、橙色、茶…。表面は曇りガラスのような半透明で、角が丸みを帯び触り心地もやさしい。
これはガラス容器の破片が波に揉まれ、長い年月を経て形を変えたシーグラス。丸みを帯びた曲線やなめらかな艶は、なかなか人の手では作り出せない。自然の力がただのガラスの破片を海の宝石へと磨きあげた。
自然の優しさが宿るシーグラスアート
そんなシーグラスをステンドグラスのモザイク風にハンダ加工し、ペンダントやキーホルダー、テーブルライトなどを作成しているアトリエが鴨川にある。シーグラス作家・松林奈奈さんが主宰する「アトリエ大自然のめぐみ」である。
松林さんは、鴨川で療養生活を送っていた父親の介護をするため、約30年前に東京から移住。東京湾や相模湾などの内海にはない太平洋の力強さを感じ、自分も大自然の中に生きていることを実感したという。
波音を聴きながら砂浜を歩いていると身も心も浄化されるような清々しい気持ちになり、海辺の散歩が習慣に。砂浜に打ち上げられた珍しい貝殻やシーグラスを拾い集めるようになった。
画家志望だった父親とステンドグラス好きの母親のもとで育った松林さんは、波の力によって美しく形を変えたシーグラスに心惹かれ、ステンドグラスを基にした独自の技法で作品づくりに着手。父に元気になって欲しいとの願いを込め、ランプを創作したという。
長い年月をかけて海に磨き上げられたシーグラスには、魂が宿っているかのような不思議な力があるという。数え切れないほどのシーグラスを組み合わせたランプは海のパワーを放ち、父の心に希望の明かりを灯した。
そして色も形も様々なシーグラスで創る唯一無二の作品は、友人知人を魅了。展示販売を求める声が挙がり、約20年前に『アトリエ大自然の恵み』を鴨川グランドホテル内にオープンした。
誰をも惹き付ける「海の宝石」
松林さんが手掛けるシーグラスアートは、 銅テープをシーグラスの縁に巻き付け、ステンドグラス用のハンダで接合していく。一つ一つが小さく、繊細かつ根気のいる作業なので、大きなシェードランプや動物のオブジェが完成するまで3カ月から半年ほどかかるとのこと。アトリエ見学に来る方から、「自分の手でシーグラスアートを作ってみたい」との声が高まり、工芸教室も行うことになったという。
ペンダント作りなど、初めての方でも気軽に体験できるアクセサリーから本格的なランプづくりまで様々なメニューを用意したところ、観光客や小・中学校の体験学習、近隣の別荘オーナーがこぞって訪れるようになったという。
東京から足繁く通って大作づくりに挑む人、家族に何か残しておきたいと作品に心を込める人、おしゃべりを楽しみに来る人…。シーグラスアートの魅力と松林さんの大らかな人柄が相まって、いつしか多様な世代が集う交流の場になっている。
心をつなぐ太平洋の街「鴨川」
また、沖合を黒潮が流れる鴨川の海岸には、シーグラスだけでなく、化石や海流に揉まれて変形した数10年前の道具なども打ち上げられる。多種多様な漂着物を通して太古の自然や昔の生活文化に触れられることも多いという。
海岸で拾い集めたものをアトリエに置いてみたところ、「こんな珍しいもの見つけたよ」と、友人知人が持ち寄るようになり、展示物が棚に納まりきらないほど増え続けている。
シーグラスをはじめ、時代を超えてやってくる漂着物は、いわば太平洋からの贈り物。松林さんのアトリエは、海岸で拾い集めたガラス片に新たな命を吹き込むだけでなく、海からのメッセージを伝え、世代も立場も異なる人たちの心をつないでいる。
鴨川で暮らしはじめて30年ほど経った今も、新たな発見や楽しみが尽きないという松林さん。鴨川生活の魅力は、太平洋のように果てしなく広がり続けている。
- 取材協力／
- アトリエ 大自然の恵み
〒296-0044 千葉県鴨川市広場820番地 鴨川グランドホテルB1F
TEL：04-7092-2111（内線334）
https://www.kgh.ne.jp/04/activity/hotel/atelier.html
取材・文／山内泉
